弊社代表 野田和裕が発表した耳鳴メカニズムに関する論文が
Frontiers in Neuroscienceに掲載されました。
論文原文はこちら
以下に論文の概要を説明します。
音変化の積分のエラー:耳鳴モデル
「何かの異常が起こる」従来の耳鳴モデル
従来の耳鳴モデルでは、耳鳴は神経活動、神経構造になんらかの異常が「起こる」ことで
生じるとされていました。
しかし、残念ながら耳鳴に関連するそれらの異常は、今のところ観察されていません。
また、これらの異常が生じるためには数日を要しますが、無響室に入れば正常人の大半
が5分以内で耳鳴を感じますし、マスカー音を提示すると慢性耳鳴患者の大半が1分以内
で耳鳴が小さくなったと感じます。
つまり、従来理論は、耳鳴の時間特性と合致しません。
耳鳴のパラドックス:「耳鳴が生じるためには、難聴が前提であるが、同程度の難聴者で
も耳鳴の大きさは様々である」は、従来理論で説明することは困難です。
これらの矛盾が解決できないために、耳鳴が何なのかは本質的には分からない、とされ
ていました。
「何も起こらない」我々の耳鳴モデル
私たちは、耳鳴とは、聴覚情報のデータ処理上の誤差だと考えました。
我々が現代生活で、音楽情報や画像情報を扱うときに、当然ながら情報技術の原則にした
がって処理をします。iPad や CD などで用いられる MP3, JPEG などの圧縮処理は、なじ
みのあるものだと思います。
私たちは、内耳から知覚に至る情報処理で、この MP3 のような圧縮技術が使われている
はずだと想定しました。(MP3は高度な技術ですが、その大元の原理である「差分 PCM」
は、理解しやすく効果も劇的であるため、差分 PCM で説明します。)
この原理で考えると、音情報が入らない、神経の異常も起こらない、という何も起こら
ないことが、データの誤差を生じさせることがわかります。
つまり我々の理論は、従来に対し全く逆説的な「何も起こらない」ことこそが耳鳴の原
因であるという初めての理論です。
知覚更新モデル
内耳を取り巻く音環境は、刻一刻と変化しています。
音環境を擬似的に周波数分布グラフとして表現しました。
音環境は、短い時間に少しずつ変化していきます。

最初の A から次の瞬間に B に変化した場合、A、B の差は僅かです。
内耳の変化を知覚に反映させるためには、どうするべきか。
例えば、全ての領域の現データをすべて知覚に伝える方法と、変化分だけを伝えて知覚を
修正していく方法があります。
時間間隔が短ければ短いほど、変化分(差分)だけを伝えたほうが、効率的なことが分
かります。
これが、差分 PCM の原理のすべてです。(もっとも単純な情報圧縮の理論です)
私たちの聴覚の知覚はまさしくこのようにして更新されているのであり、聴覚 N1 の正体
がまさしく差分データだと考えています。
さて、このような仮定の上で、もし4000Hz の内耳領域が情報伝達を怠けているとした
ら、どうなるかを考えます。

内耳の4000Hz の感知の能力が低下して、4000Hz に該当する更新データが知覚に
送られなくなった場合、4000Hz 領域の知覚値を決めることができなくなります。
従来の常識では、4000Hz 領域の信号の欠如は、知覚音量が「ゼロ」となりますが、
このモデルでは、「不確定」となります。
つまり、あらゆる音量をとりうる、ということです。
これが、「難聴によって耳鳴が生じうるが、その音量は様々である」という最大のパラドッ
クスを説明する基本骨子です。
それでは、各患者によってどのように耳鳴音量が決まるのか、は難しい問題ですが、論
文においてその可能性を議論しています。
さらに細かな部分は、論文を参考にしていただくとして、
知覚の情報処理がどのようなものであれ、基本原則は当てはまるはずです。その場合、こ
のような圧縮技術は、情報効率から考えて不可欠と思われます。
知覚更新モデルは、この基本原則を当てはめることだけで、従来説明不可能であった、時
間特性やパラドックス、マスカー療法などを具体的に説明できる、という特徴をもってい
ます。